九、ウェル・カム・バック

 豚箱の中にスティーブとデッドがいる。ここに入ってから約1カ月半が過ぎた。判決の方はいまだ終わってはいなかった。しかし、スティーブが殺ったということを証明できるものがなく、スティーブをまず、出所させることになった。 牢屋のすぐ外に、ワンワンみたいなのが2人来た。その2人はスティーブに仮釈放だ外に出ろと言った。
 「悪いなデッド。お前も早くそこから出してやるからな。」
 「気にするな。俺が殺ったんだ。お前は何もしていなかった。」
 「たまには、面会に来るからよ。」
 「ああ」
 「じゃあな。」
 「またな。」
 スティーブはそう言って、牢屋を出た。2人はスティーブに手錠を付け、連れていった。窓ガラスからは明るい日が入っていた。スティーブは目を細くして、連れて行かれるまま、ついていった。出口の前に部屋があり、横長の机の向こう側には偉そうにしているワンワンがいた。そいつは、
 「手錠をはずせ。」
 と言った。2人は手錠をはずした。偉そうな奴がまた話す。
 「お前の服を返す。それと、金をやる。」
 スティーブは何も言わずにそれを受け取った。スティーブの服は、安全ピンだらけのTシャツの上に黒のロングコート、それにはたくさんの安全ピンとハリネズミのようにとげをたくさん付けている。ズボンも黒である。もちろんこれにも安全ピンがついていた。偉そうな奴はスティーブが着替え終わると、
 「お前等みたいな、アナーキストは全員、牢にぶち込まれればいい。今度なにかしたら、俺がお前を処刑してやる。」
 と言った。スティーブも言い返した。
 「はいはい、ありがと。だがな、アナーキストはこれから世界中に広がっていくんだよ。てめーみたいなファシストはもう古いんだよ。おいぼれのファシストなんか、くそみたいだね。」
 と言って鼻で笑った。そいつは、怒って早く外に出て行けと怒鳴った。2人のワンワンは出口の所まで同行した。スティーブが外に出ると2人は奥の方へと引っ込んでいった。スティーブは、後ろを振り返り、
 「サンキュー。」
 と、挨拶をして駅の方を探した。近くに北府中駅があるらしい。スティーブはいろんな奴に聞きながら駅へと向かった。
 駅に着くと切符を買うことにした。新宿までの切符である。さっき受け取った金は2万円も入っていた。あぁ、最初に持っていた金か。
 切符を買って、電車に乗り込んだ。電車の中は空いている席はなかった。しかたなく座り込み眠りについた。良く寝ている。久しぶりの外の空気だ。よほど気持ちも良いのだろう。
 スティーブは中野駅に着いたときに目を覚ました。
 「後、1駅か・・。」
 電車のドアが閉まる。車内にアナウンスも流れる。窓の外にはビルが見えてくる。
 「超くそビル・・。」
 鼻で笑う。電車の中から新宿のでかいテレビが見えた。もう着く。ドアが開くと、スティーブは外に出た。ホームには蟻んこみたいにうじゃうじゃ人がいる。
 「おー、ファック。」
 ため息をついた。そうして、あくびをした。
 「また、このグレート・ファッキン・シティーに戻ってきたな。」
 スティーブは家に帰る前に、いち早く友達の顔を見ようと、アレクスの家に行った。アレクスの家につくと、ドアをダンダンと2回蹴っ飛ばした。中からアレクスの声がする。
 「おい、カオスか?スティーブと同じドアのノックの仕方をするなよな。スティーブが帰って来たと思うじゃねーか。」
 そう言うと、アレクスはドアを開けた。アレクスの目の前にスティーブが立っていた。そして、アレクスは抱きついた。
 「スティーブ!帰ってきたのか?デッドは?」
 「デッドはまだごみ箱の中だ。」
 「中に入って来いよ。」
 アレクスとナンシーは朝飯の途中だった。スティーブはナンシーを見て言った。
 「彼女はだれ?」
 「俺の妻みたいなもんだ。ははは。」
 「やっと、女ができたのか。よかったな。」
 ナンシーはスティーブに言った。
 「どう?いっしょに朝御飯は?」
 「んじゃ、もらうよ。」
 3人は食べながら、スティーブとデッドが連れて行かれた後のストーリーを話した。まずは、ナンシーとの出会い、ナンシーの弟のこと、バイトのこと、カオスのアッシュのことを話した。
 スティーブはその中でも特にナンシーの弟事件に一番気になっていた。
 「俺もやりたかった。俺だったら、指を一本ずつ切り落とすね。」
 と言って悔しがっていた。
 全部をスティーブに話すと、
 「俺のいない間にだいぶ変わったんだな。アレクスお前もなんか昔と態度が違うぜ。」
 と言った。アレクスは聞いた。
 「豚箱の中の生活はどうだ?」
 「豚箱は豚箱だ。人間の住むところじゃねえ。朝6時半に起きなくちゃならない。8時から作業だ。作業内容は木を切って削って小屋を造るんだ。12時から2時間の休憩。その後、4時半までまた作業。飯食って、9時消灯だぜ。最悪だよ。デッドはまだ、そこにいるんだぜ。ひでーぜ。」
 アレクスはそれを聞いて、いやーな顔をした。そして言った。
 「デッドがかわいそうだな。早く出してあげてーな。」
 アレクスは、話題を移した。
 「ところで、今度の23日なんだが、今年もいっちょバンドをやろうと思ってよ。」
 「メンバーはいるのか?」
 「ああ、俺がギター、カオスがドラムだろ、ナックがベース、ソフィがギターとボーカル。お前が来たから、ボーカルはお前に任せたい。」
 「オーケー。いいぜやってやる。」
 アレクスは全部の歌詞カードを渡した。「セックス・ピストルズ」や「トータル・カオス」など、いろんな歌詞カードを渡した。スティーブはアレクスに、
 「じゃあ、ためしに”ピストルズ”のレコードかけてよ。」
 と言った。アレクスは笑って。光るレコードを見せた。
 「これなんだと思う?」
 「CD・・。なんで、そんなもんもってんだよ!」
 「それを見てみな。」
 「おお!」
 スティーブは、CDコンポを見て驚いている。
 「よく、こんなもん買えたな。」
 「まあ、軽いさ。いつもの金だよ。」
 「お前はいつも、うめーな。」
 ナンシーは食器を洗い終わると、ビールを2人の所へ持ってきた。スティーブは、一口大きく飲み、
 「おー、うめー。何日ぶりかなー。デッドにも早く飲ませてやりたいぜ。」
 と、言った。アレクスはCDをつけた。”Anarchy in the U.K.”がスピーカーから出てくる。それについてスティーブは歌う。ボーカリストだけあってかなりうまい。夕方までには、スティーブはほとんどの曲を暗記してしまった。
 夜、カオスの家でバンドの練習をする予定だ。そのため、アレクスとナンシーはカオスの家に向かった。スティーブは自分のマイクを持ってくると言って、家に帰った。カオスの家にはすでにナックとソフィが来ていた。アレクス達は部屋に入った。アッシュはパンクの服装をしていた。アレクスは、
 「似合うじゃん。」
 と言った。でも、今はアッシュのことよりもスティーブが帰ってきたことを伝えたかった。
 「カオス、驚くなよ。なんと、スティーブが帰ってきたんだ。」
 「本当か!!」
 「ああ、後30分位でここに来るぜ。」
 カオスは喜んだ。カオスはナック達にスティーブのことを話した。
 「スティーブは最高のボーカリストだ。」
 とカオスはみんなに伝えた。
 5人はスティーブに歓迎の歌を作ることにした。テンポ120の8ビート。AからC、EからAの四小節である。スティーブが来るまで練習をした。歌詞はカオスが作った。5回練習をすると、カオスの家の戸が開いた。スティーブだ。カオスがカウントをとる。
 「ワン、トゥー、スリー、フォー。」
 曲が始まった。タイトルは「ウェル・カム・バック」だ。

よく帰ってきた。スティーブ!
俺達にお前の声が必要だ。
お前に仲間を紹介するナック、ソフィ、アッシュ、ナンシー。
俺達の仲間はみんなくそをする。
ファシストめがけてくそをする。
そうスティーブお前もその一人。
よく帰ってきた。スティーブ

 スティーブは歓迎されて笑った。
 「お前達、相変わらず意味のわかんねー歌だな。デッドが帰ってくるときは、俺が歌作ってやるよ。期待しておけ。」
 ナック達とは初対面のはずだが、まるで昔からの友達のように話し合っている。しばらく、話し合っていた。カオスは、
 「おい、そろそろ練習しようぜ。23日までに仕上げなくちゃいけねーんだぜ。」
 と言った。スティーブはみんなに聞く。
 「何からやるんだ?」
 みんなは一斉に答えた。
 「My Way!」
 そしてみんな笑う。スティーブの大好きな歌。また、みんなの大好きな歌である。スティーブは自分のマイクをカバンから出して、アンプにつないだ。そうして歌いだした。狂ったように歌う。それが、シドの歌い方であった。スティーブがシドのまねをして歌う。うまい。
 5人が歌っている頃、アッシュとナンシーは夕飯のため、ピザを電話で注文した。そして、2人は飲み物を用意した。用意しながら話し合った。
 「ねえ、アッシュ、これからはどうするの?」
 「カオスと一緒に暮らしていく。彼ほど優しい人はいないでしょ?」
 「カオスは少し変わってるけど、人はいいからね。」
 「少しじゃない。ずいぶん変わった人。」
 2人は笑った。アッシュもパンクとして生きていくことにした。
 3曲目をやり始めた頃、ピザがついた。みんなは、手を止め、食い物の方へ行った。アッシュはカオスにミルミルウォッカを渡した。他の奴等は好きなものを取って飲んだ。少しみんなが飲んだ後、アレクスはスティーブに「乾杯」と言って、グラスを交わした。そうすると、みんなスティーブとグラスを交わした。そして、みんなは口に飲み物を含み、スティーブに吹きかけた。みんな笑った。初めから予定していたのだ。スティーブは笑いながら口にビールを含み、みんなに吹きかけた。そして、みんなに言った。
 「サンキュー。歓迎してくれて。」
 みんな笑った。アレクス達7人は、今夜はもう練習しないで飲み明かすことにした。