三、一目惚れ

次の日の朝早く、アレクスは、小便をしたくなって起きた。目の前に毛布にくるまって寝ている奴がいる。アレクスはそれを見たが気にせず、そいつの隣から、道路の方を向き小便をした。アレクスはため息をついた。振り向くと、毛布から顔を出してアレクスを見ている奴がいた。目が合ったとたんにアレクスの時間が止まった。10秒位して正気に戻ると、自分のものをしまった。そこにいたのが、女だったのだ。それも、美人の女だ。
 「よ、よお、はじめて、俺、アレクス。パンクなんだぜ。[セックス・ピストルズ]とか知ってる?俺達のシンボルみたいな奴等さ。」
 アレクスは訳のわからんことを言った。女は見つめながら、笑った。
 「私は、北条小百合。」
 「だせー名前、ほ、ほじょり何とかって言いにくい名前だぜ。俺が他にもっとかっこいいの付けてやる。ナンシーはどおだ?いいだろ、お前は今日からナンシーだ。」
 「ナンシー?別に悪くはないけど。」
 「じゃあ決まりだ。」
 アレクスはいつものことだが、また勝手にこの女に名前を付けた。
 アレクスとナンシーはお互いについて話した。ナンシーはアレクスの話に没頭していた。パンクに興味を示していた。ナンシーは自分のことも話した。昨日、家出をしてきた。ナンシーには金持ちの親父がいる。その親父が嫌いで家を出たのだった。アレクスはもともと、金持ちの奴等が嫌いだった。金持ちのガキも嫌いだった。しかし、アレクスはなぜかナンシーを嫌いにはなれなかった。むしろ好感をもっていた。ナンシーの気持ちは、アレクスと同じだからである。ナンシーは金持ちは汚いことしかしないと言った。アレクスはもちろんうなずいた。しばらく話しているうちに、カオスが目を覚ました。
 「誰だ?この女?」
 「ナンシーって言うんだ、今からだけどな。今日から俺んちで暮らす。」
 カオスは、驚いた。カオスは女の顔をまじまじと見つめて言った。
 「どこから来たんだ。お前、汚い格好しているけど、金持ちだろ。」
 「え?」
 「服が金持ちの服っていう感じだ。それをぼろぼろにしたんだろ。」
 「カオス、ナンシーは金持ちの娘だが、そこが嫌いで出てきたんだ。」
 アレクスはカオスに説得して、ナンシーを仲間にしようとした。カオスはアレクスがいいと思うならばいいじゃねえのか、と笑って言った。アレクスは喜んだ。そうと決まると、ナンシーに似合う服を買おうと、アレクス、カオス、ナンシーは出かけた。ジャックはまだ寝ていた。ホームレス達も寝ている。ナンシーは金を持っていると言ったが、アレクスは金はいらない、その金は後で飯に使おうと言った。
 3人は裏道を歩いて行った。トンネルを抜ける前に店がある。その中には、皮ジャンや、鎖や、犬の首輪などがある。アレクスは、トンネルを抜けた向こう側にナンシーを待たせた。アレクスとカオスは、その店に入るとすぐに、そこら辺のものをかっさらって逃げ出した。アレクスは、トンネルの方に、カオスは、新宿の目を目指して走り始めた。店員は、どっちを追えばいいかわからず、ワンワンを呼ぶことにしたがもう遅い、2人の影は見えなかった。アレクスはトンネルを走り抜けた。
 「ナンシー!走るぞ!こっちだ!」
 そう叫ぶと2人は、新宿駅のトイレまで走った。トイレに着くと、アレクスはナンシーに持ってきたものを渡した。紫の皮のジャケット、黒のミニスカート、赤と黒が混ざっているストッキング、黒の軍隊ブーツを持ってきていた。そして、トイレで着替えてくるように言った。ナンシーは、トイレに入った。
 そのころ、カオスは新宿の目に着いていた。そして、今の戦利品を見て、気に入ったやつを自分に付けていた。犬の首輪と手錠を気に入った。その戦利品のじゃらじゃらという音で、ジャックは起きた。
 「カオス、何やってんだ?」
 「いろいろあってよ、朝から仕事だぜ。」
 カオスはジャックに今までのことを話した。ジャックは、早くナンシーを見たがっていた。アレクスの好みを知りたかったのだ。アレクスは今まであまり女に興味を持っていなかったからである。アレクスのする事と言えば、盗み、やじとばし、食うことと、音楽を聴いてポゴることだけである。
 ナンシーがトイレから出てくると、アレクスはめちゃくちゃうれしい顔をした。
 「かっこいいよ、ナンシー。」
 「ありがと。」
 アレクスは思いっきり自慢げに歩いた。それも、やけに、にやつきながら。一般の人間共は、2人に近づこうとも、また目を向けようともしない。アレクスは歌いながら歩いた。”ONE WAY SYSTEM(ワン ウェイ システム)”の”MAGIC ROUNDABOUT(マジック・ラウンドアバウト)”である。
 la la la la la la la …. (ラ ラ ラ ラ ラ ラ ラ….) 歌詞は「ラ」だけである。しかし、テンポがいい。ポゴるのにぴったりの「ラ」のテンポである。アレクスが歌っていると、ナンシーもそのテンポを感じとり、その「ラ」を歌い始めた。大きな声で、この腐った新宿駅をポゴりながら歩いた。2人の目と目がかさなったとき、大声で笑った。まるで、この世界がおかしいと笑っているようだった。笑いながら駅の外へ出て、新宿の目の方に向かった。
 ジャックはもう待ちくたびれていた。昨日、残ったジャック・ダニエルを飲む。朝のダニエルはこれまたうまいと言って、飲んでいる。カオスはホームレスの奴等を起こし、さっきの戦利品を見せびらかしている。
 やっと、アレクスとナンシーが来た。笑いながら来ている。ジャックは呼んだ。
 「アレクス!おせーぞ!」
 「よお!ジャック、起きたか。」
 アレクスは元気よく言った。アレクス達4人は、ナンシーについて話した。
 ナンシーとアレクスはカップルとなり、ナンシーはアレクスの家で本当に暮らすことにした。
 4人は、腹が減った。朝飯を食べることにした。アレクスの家で食べるために、7・11に行き、買い物をする。アレクスはサンドイッチ、カップヌードルとマミー。カオスは焼きそば、おにぎりと北海道牛乳。ジャックは焼きそばパン、サンドイッチとアセロラドリンク。ナンシーは、食パンとイチゴジャム、午後の紅茶。を買った。4人はまじめに金を払って、食い物を手に入れた。もちろん、ナンシーの金を使った。おのおの袋をさげてアレクスの家に向かった。
 家の前につくと、アレクスはナンシーに
 「この家が、俺とお前の家だ。」
 と言った。4人は家の中に入り、CDをつけた。「カオス・U.K」を流した。朝飯を食おうと、アレクスは鍋に水を入れ、火で焼いた。アレクスは鍋の水が煮えるまで、サンドイッチを食う。みんなはもう食い始めている。そして、食いながら、歌いながらポゴる。ジャックは昨日のジャックダニエルを片手にこう言った。
 「俺達って、すげーぜ。俺がちびの頃、学校の教師というのが、こんなことを言ったぜ。”一つのことに集中しなさい!2つも同時にできるわけない!”とな。でもよ、食いながら歌って、ポゴれるんだぜ、ぜってーすげよな。」
 みんな笑った。ジャックの声に笑った。すげー、馬鹿みたいな女教師のまねをしたらしい。
 アレクスは、ジャックの焼きそばが、やけにおいしそうに見えた。そこで、アレクスは、鍋の中のお湯に、カップヌードルの中身を入れた。そして、中にあるお湯を全部沸騰させ、蒸発させた。そして、カップヌードルをいためる。アレクスは、焼きそばができたと言って、鍋ごと食う。あまりうまくはないが、満足そうである。
 もう、昼が過ぎていたが、朝飯を食っていると、いつのまにか、シドニーが部屋に入ってきた。続いて、ナック、ソフィ、アンソニーと入ってきた。これで一応全員そろったわけだ。アレクスはみんなにナンシーを紹介した。そして、8人のパンクスは、気持ちよくポゴった。アレクスはギターを出して弾きまくる。ナックも持ってきたベースを弾く。みんなも、ギーターやベースを弾きたがる。みんなは、回し弾きした。
 夜が近づいてきたとき、ナックはある紙を読んでいた。アルバイト募集の紙だった。アレクスはそれをくれと言った。ナックは紙をあげた。みんながポゴっているとき、アレクスはナンシーと話し合っていた。金問題である。
 「ナンシー、俺達がいっしょに暮らすと金が必要だよな。」
 「大丈夫よ、私がときどき家に戻ってお金を持ってくる。」
 「家に帰ってはだめだ、くそ野郎のところには帰るな。」
 「じゃあ、どうするの?」
 「俺達の金は、俺がなんとかする。」
 「でも、人のを取らないようにね。」
 「お前に、心配はかけさせねーよ。俺にまかせろ。」
 ナンシーは、にこっと笑った。アレクスも、笑った。2つのグラスに、マミーを入れて乾杯した。それを見た、カオスは、2人にやじを入れた。
 「お前達、何してんだー。」
 アレクスを後ろから押した。アレクスは、口いっぱいに入れていたマミーを、ナンシーに吹きかけてしまった。ナンシーは汚いと言いながら、笑っていた。アレクスはナンシーに謝ると、カオスにつっかかっていった。軽く殴り合っている。いつものじゃれだ。パンクの友情と愛情表現だ。まあ、パンクには愛とか友とかいう字がないようなものだが。そういえば、情もない。金もない。何もない。
 その日は、みんなアレクスの部屋で寝ることにした。